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人生 山あり 谷あり 田んぼあり「地域おこし協力隊員 百姓になる」連載 vol6

 貢さんは有機栽培のほかにも、特別栽培米も作っている。これも厳密な栽培基準がある。農水省のガイドラインでは、使用する化学肥料や農薬を5割以下にすると特別栽培米になるが、笹神地区ではさらにハードルを上げて7割減らしている。

生活協同組合のパルシステムとの産直交流事業を40年以上続けることで鍛え上げられた笹神地区の農家の足腰は、一般的な水準のハードルは、なんなく超えてしまうのである。

 とはいえ、作業は大変だ。除草剤が使える期間も制限され、稲がぐいぐい生長する時期は畦(あぜ)の草もぐいぐい伸びるが、その時期は除草剤が使えない。草刈機で刈るしかない。農薬を減らした分、肉体労働は増える。

※畦(あぜ)=水田と水田の間を仕切るために土を盛り上げたところ。

 軽トラに草刈機を積み込みながら、「草刈りは得意なんですよ」と貢さんに調子良く声を掛ける。貢さんは黙々と混合ガソリンを荷台に積んでいる。混合ガソリンはガソリンとオイルを一定の割合で混ぜ合わせた燃料で、混合ガソリンとして既製品も売られているが、ガソリンとオイルを別々に買って自分で混ぜた方が安く済む。もちろん、貢さんは自分で混ぜている。

「刃で刈るものだから、草刈機をむやみに振り回さないように」。貢さんが草刈機を担いでいる私に声を掛ける。高速で回転する刃を草に当てれば、当然、草は刈れる。だが、早く刈ろうと気が急くと、力に任せてなぎ倒すように刈ろうとして、草刈機を振り回してしまう。「力」で刈るのではなく、「刃」で刈りなさいと、貢さんは言っているのである。なんだか、剣術の達人の教えみたいだ。

 それに、エンジンで高速に刃を回転させる草刈機での死傷事故も多い。草刈機をむやみに振り回すのは、ホラー映画に出てくる怪物のような蛮行である。

「あっちからここまでを、こっちから刈って」と貢さんは畦を指しながら指示を出す。草刈りは進行方向が大切で、右から刃を入れて、左に刈り取った草を倒していくのが基本だ。水田や用水路に刈った草を落とさないように進行方向を考えないといけない。上手な人が刈ると、刈った草が一列に整列するように並ぶ。

 くわえて、用水路近くは急斜面になっていることが多いから、足場をしっかりと確保する必要がある。高速回転する刃を振り回しながら、用水路に転がり落ちることを想像するだけで、炎天下でも背筋が凍る。とにかく、草刈機を使うときは油断大敵である。

 二人で草刈りをするときも要注意だ。コンクリートや大きな石に刃が当たると、弾かれて草刈り機が跳ね上がることがある。近くにいると危ないのである。相手に用事があっても不用意に近づいてはいけない。だが、大声で呼び掛けても、草刈機のエンジン音に邪魔されて、声は届かない。

 そんな時はどうするか。不用意に近づかずに、小石か小枝を投げて、相手の背中に軽くぶつけて振り向かせれば良いと以前、先輩農家に教わったことがある。

 草刈機を始動しようとしたが、エンジンがなかなか掛からない。貢さんに草刈機をチェックしてもらおうと思ったが、すでに貢さんは私に背中を向けて作業している。手ごろな小石か小枝がないか、あたりを見回してみる。やはり、人工的に土を盛った畦の上ではなかなか見つからない。

 用水路ぎわの草の中に手を突っ込んでまさぐってみると、手先に硬い固形物が当たった。手に掴むと、こぶし大の石が出てきた。注意を向けるために投げるにしては、なかなかの大きさだ。軽く投げたとしても、かなりの衝撃に違いない。貢さんの背中を見つめながら悩む。

 このままだと、私の作業はどんどん遅れてしまう。「鉄人」の貢さんなら、この程度の石なら砂粒が当たった程度かもしれない、と都合の良い妄想が焦る脳裏に浮かぶ。だが、こぶし大の石を貢さんの背中にぶつける度胸は、私にはない。

 できるだけ近づいて、大声で声を掛けるしかない。貢さんに向かって歩き始めると、ふいに、貢さんが私の方に振り返った。私の作業状況が気になったのだろう。大慌てで貢さんに手を振った。

 基本的に臆病なので、草刈りは過度に神経質になってしまう。慣れたころに怪我をしやすいから、常に慎重に作業するようにしている。私の場合、肉体的負担よりも神経的な負担の方が大きい。

 それでも、私は草刈りが大好きである。刃を入れたところから草がバタバタと倒れていくのが、快感なのである。心に闇を抱えているのかもしれない。

翌日、貢さんが農作業に向かう道すがら、前日に草を刈った場所に寄って「2、3日経つと、刈り残した草が元気よく立ってくるんだよ。自分の目で確認したら、次にどうやったら良いか自分で考えられるだろ」と私に言った。これも、貢さん流「仕事が教えてくれる」ということだ。

 除草剤が使えない畦が多いから草刈りだけも大変な作業で、草に追われる毎日が続く。それでも、貢さんは手を抜かない。どんなときでも、仕事が丁寧だ。そのうえ、草刈機の刃は消耗品で切れなくなったら買い替えるのが当たり前だが、貢さんは草刈機の刃をサンダーで研ぎ直して再利用している。除草剤が使える畦でも「草を刈ってから除草剤を散布した方が散布量を節約できる」と話す。手間を惜しまず、無駄を削いでいる。

 そして、私は軽トラの助手席から「草ども立つんじゃねーぞ」と念じる。

Vol 7に続く

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