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人生 山あり 谷あり 田んぼあり「地域おこし協力隊員 百姓になる」連載vol3

 エダマメ畑は水田からの転作で水持ちが良く、ところどころ、少しぬかるんでいる。油断すると足をとられてしまう。それでも、ホースを手に持って快調に進む。だが、70メートルを過ぎたあたりで、ホースを重く感じるようになってきた。一歩進むごとにホースを持つ腕が重くなる。ホースを伸ばすごとに、その重量も増えて負荷がかかっていく。顎が上がり、視界には夏の青空が広がっている。「坂の上の雲」のような一朶(いちだ)の雲すら見えない。

 少しぬかるんでいるから、畝間を這うホースの摩擦が強くなっているかもしれない。軽トラごと引きずっているのかもしれない、と突拍子もない想像をしたりもする。なんせ、めちゃくちゃ暑い。それに、初めての作業で余分な力が入っているのか、体が妙に重い。後ろを振り返ると、荷台に立つ貢さんの姿が小さく見える。表情までは分からない。

 残り20メートルほど。最後のバカ力で乗り切れる距離だが、「手本があって手本がない。創意工夫しながらやって、そのうち仕事が教えてくれる」という貢さんの言葉を思い出す。

 頭の中でこれまでの経験で何か手本になるようなことはないか、脳内記憶ファイルをめくってみる。ぱたぱたとファイルを繰っていくと、グレート・アントニオのことが脳裏に浮かんだ。

 アントニオは1961年に来日した怪力自慢のプロレスラーで、試合前のデモンストレーションで子供たちを乗せた大型バス4台を鎖で引っ張って、日本中を驚かせた。私がまだ生まれてないころの話だが、子供のころに夢中で読んでいたプロレス大百科にアントニオが大型バスを鎖で引っ張っている写真が掲載されていた。手本になるかもしれない。やはり、子供のころの読書体験は大切である。

 ちなみに、貢さんは「鉄人」の異名を持つプロレスラーのルー・テーズのような体格をしている。腕や胸板の線が太い。ルー・テーズは75歳まで現役で試合をしていた「鉄人」だ。「貢さんも鉄人ですよね」と言うと、「鉄は錆びるだろ」と貢さんは笑いながら答えたことがあった。とにかく、貢さんの言葉はどこか心をくすぐる。

貢さんは麦わら帽子が似合う

 プロレス大百科の写真には鎖を肩にかけ、やや前屈みになって体重を利用しながら鬼のような形相で大型観光バスを引っ張るアントニオの姿が写っていた記憶がある。腕力に頼らず、ホースを肩に掛け、前屈みになって体重をホースにのせて引っ張ると、確かに楽である。次回もアントニオを降臨させれば、肉体的な負担を減らしてスムーズにできるような気がしてきた。

 ふざけているわけではない。大真面目である。百姓仕事をただこなすだけの仕事にしてしまうと、苦役になってしまう。フランス語で労働を意味する「トラバイユ」は重い荷物を載せた車輪が軋む音からきた言葉で、「奴隷の労働」を意味するという。フランス人にとって仕事は苦役で、だから、長期のバカンスを必要とする。暮らしと仕事を完全に切り分けている。決まった労働時間や休日があるわけでもなく、日常の暮らしと仕事が混ざり合う百姓仕事の場合、仕事をただの苦役にしてしまうと、暮らしそのものが労苦になってしまう。

 知恵を働かせ、工夫しながら状況を改善させる。その達成感を繰り返すことで、脳内に幸福を感じるドーパミンが多く分泌され、労働を苦役から解放することができる。百姓に憧れるのも、決まったフォーマットやシステムがなく、知恵と工夫が試される場面が多いからだ。そこに「暮らしを創造する楽しみ」がある。

「こういうのは手本があって手本がない。創意工夫しながらやって、そのうち仕事が教えてくれる」という貢さんの言葉には、「知恵と工夫を働かせて、仕事を苦役から解放せよ」という意味がはらんでいると勝手に考えている。端的に言うと、「そっちの方が楽しいよ。仕事も主体的に覚えるしね」ということだ。

 貢さんは作業前に細かな説明はしない。天候など状況の変化に、その都度、臨機応変に対応していく農作業はマニュアル化できない。マニュアル化したとしても、途端に指示されたことを黙々とこなす苦役へと変移して、つまらないものになってしまう。

 薬剤は耕作面積に応じて既定の量を散布していく。ひと通り散布を終えたがローリータンクの中にはまだ薬剤が半分くらい残っている。途中で足りなくなるのが怖くて、散布量を抑えすぎたのだろう。これもマニュアル化できない。散布量は歩く速度で調節していくしかないが、私と貢さんとでは歩幅も違う。貢さんとしても「このぐらいの速度で」と具体的に伝えるのは難しい。ひたすら、繰り返し、試行錯誤するしかない。上手にできれば、そこに喜びが生まれる。

vol4に続く

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