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人生 山あり 谷あり 田んぼあり「地域おこし協力隊員 百姓になる」連載 vol4

「かなり余らせてしまいました。歩くのがかなり速かったんですかね。どうしましょう」と貢さんに対応を委ねる。ノズルとホースの接合部分を間違えて緩めてしまったのか、飛び散った薬剤で私のズボンはビタビタに濡れている。

「余ったら、そこを往復すれば良い」と畝を指さす。それ以上は言わない。貢さんがビタビタに濡れた私のズボンを不思議そうに眺めながら、接合部分を締め直して、ホースを手渡してくれた。

「じゃあ、ここを散布しながら歩きますね」
貢さんが荷台の上で微かに頷く。

 今年の夏は夕方でも猛烈に暑い。私も貢さんも汗でびっしょりだ。家に帰ったらアイスを食べよう。そんなことを考えながら、ホースを振り回しながら歩く。

「ノズルを上に振って降りかけるように散布するのではなく、もう少し直接、かかるようにした方が良いわな」
帰り道、軽トラを運転しながら貢さんが私に言った。
「そうか。少し上に振りすぎたんですね」
私は水筒の麦茶をガブガブ飲みながら答える。

 作業中、貢さんは軽トラの荷台の上から、私がノズルを上に振って降りかけるように散布しているのを眺めながら、私に指示を出すことはなかった。許容できる範囲の間違いなら、注意するよりも主体的にやらせた方が良いと考えたのだろう。

 細かなところまで注意されれば、作業は私の手から離れて貢さんの作業になり、私はただ貢さんの代わりに手足を動かすだけの存在になってしまう。

 ひたすら貢さんの指示を待ち続け、「自分で創意工夫しながら作業する」主体性は、季節外れの雪のようにあっという間に溶けて無くなってしまう。

 両手で大きな水筒を持ちながら、そんなことを考えて、運転する貢さんの方に顔を向ける。貢さん越しに夕日が田んぼの中に沈むように落ちていくのが見える。車窓から風が入ってくる。

 ねっとりと、まとわりつくような熱風だが、それでも汗で濡れたTシャツとビタビタに濡れたズボンが乾いていくようで心地良い。

 後日、もう一度、同じ大型エンジン散布機を使うことになった。今回は殺菌剤の散布。虫と病気を防ぐのは大変である。日本の夏は特に湿度が高く、細菌による病気が発生しやすい。

 まずは、ホースとノズルの接合部分が緩んでいないか確かめる。前回は緩んだ接合部分から薬剤が飛び散って、ズボンをビタビタに濡らしてしまった。失敗の思い出は、やはり、忘れない。貢さんも黙々と、準備を進めていく。私もやるべきことは分かっているから、黙々と動く。少しだけ、貢さんと同じ地平に立っているような気がして、喜びが湧いてくる。

「このあたりを歩きますよ」
ホースを手に持って貢さんに声を掛ける。
「そこで良いよ」
貢さんがエンジン散布機のリコイルスターターの紐を持ちながら応じる。

 グレート・アントニオを降臨させて、畝間を歩き始める。遠くの山に雨雲がかかり、雲と地上を白い霞がつないでいるのが見える。雨が降っているようだ。前方に大きな虹が架かっている。ひたすら、虹を眺めながら歩を進めていく。今回はかなり余裕がある。

 ノズルの角度は上に向けず、作物に薬剤が直接掛かるように水平気味にして左右に振りながら進む。ノズルを向けると、エダマメの葉が大きく左右に揺れるから、どこにかかっているのかがすぐ分かる。歩く速度を前回よりも遅くして散布量を調節する。やるべきことを身体で理解していると余裕が生まれ、無駄な動きが少なく、疲労も前回よりは少ない。

 とはいえ、まだ2回目。やはり、普通に疲れる。汗で濡れたTシャツが体に張り付いている。

「結構、大変ですよね」作業を終えて、ホースを巻き取っている貢さんに声を掛ける。

「昔は田んぼも同じようにホースを持って歩いていた」と貢さん。

「田んぼの方が畑よりぬかるんでいるから、もっと大変じゃないですか」思わず、大袈裟に反応してしまう。

「昔の人は楽をしようなんて、誰も思ってなかった」と言いながら貢さんが軽トラの荷台から降りて、運転席へと向かう。私はできるだけ楽をしたいと思ってしまう。誰でもそうだろう。

「世の中に 寝るほど楽はなかりけり 浮世の馬鹿は起きて働く」

 江戸時代に詠まれた狂歌だが、これは天下泰平の世を謳歌した江戸町民の言葉で、農民は違ったのだろうか。

「昔の人は楽をしようなんて、誰も思っていなかった」

 その言葉の真意は何だろう、と考える。そして、相変わらず、私は助手席で麦茶をガブガブ飲んでいる。

vol5に続く

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